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やや、放送中に書いてしまっているが、イチローが「古畑任三郎」に出演したいきさつをご存知ない方のために、まず、補足から。 これは、朝日新聞の夕刊に週一回連載されている、三谷幸喜のコラムによるので、若干の「事実の粉飾(書いているのはプロの脚本家なのだ)」があるかも知れないが、おおよその所は以下のようである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー もともと、アメリカで、イチローは「古畑任三郎」をよく観ていて(シアトルだから、簡単に入手出来るだろう)、この作品のファンだったらしい。で、何かの際に、これは私の推測では冗談半分で言ったのだと思うが、 「出て(出演)みたい」 と言ったらしい。この話が、巡り巡って三谷幸喜のもとに届いたのだ。そこから、出演までは、どちらがアプローチしたかは、三谷幸喜のコラムでは明らかにしていないから、深読みしなければ、イチローのほうが出演の意志があったようだが、案外事実かも知れない。 と言うのは、出演が決まった際、イチローは三谷幸喜にこうリクエストしたらしい。 「清くて、正しい、殺人がしたい」 当然、三谷幸喜は、ものすごい苦悩のもとで、この脚本を書いた、と言う事をコラムで書いている。まあ、とんでもない高いハードルを突きつけるのは、イチロー、と言う人の性格をよく知る人なら、充分有りえることだと思っていただけるだろう。 で、まあ演技中も、何かと三谷幸喜に「要求」や「ダメ出し」をして、それで三谷がてんやわんやになる、と言う一部始終が語られている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 脚本家である三谷が書いているといっても、案外これは掛け値なしの事実のような気がする。イチローという人は、全てに対して「完璧主義者」で、「こだわり」の人なので、自分が意欲があればあるほど、周囲に対しても、それ相応の要求をする人なのだ。 「清くて、正しい、殺人がしたい」 普通の俳優が、脚本家にこんなメチャな注文を出すことは無いだろう。録画でみる予定なので、三谷幸喜がどれほど「苦心惨憺」したかが楽しみだが、普通、「ありえない」話である。だから、イチローも、本気の演技をしているし(完璧主義者だから)、演技に関しても、自分の意見を堂々と主張したらしい。で、イチローがなぜ「古畑任三郎」のファンなのか、と言うことを書くのに、だいぶ巡り巡ってここから語っていくので、興味のある人は、飲み物の用意でもしてください。 「古畑任三郎」は、「和製コロンボ」と言われている。確かに、「刑事コロンボ」のストーリー仕立てと同じで、最初に犯人とトリックを明らかにして、主人公が相手を油断させながら、ヒントを引き出して、推理力を生かして真実を突き止める、と言う共通点がある。 だが、「コロンボさん」を、もし日本人が演じたら、これは全く人気が出ないのである。たとえ、どんな人気役者でも、ジャニーズのタレントでも、である。 と言うのは、犯人を油断させて、ヒントを引き出す、と言う点では、「古畑任三郎」は「コロンボさん」と全く同じだが、そのプロセスがまるで違うのである。 「刑事コロンボ」は、ヨレヨレのトレンチコートを着て、いつも「うちのカミさんがねえ、・・・」と、いかにも奥さんに尻に敷かれているようなエピソードを披露し、犯人との話をしている最中も、しばしばドジをやる。もちろん、相手を油断させるための韜晦であり、犯人の話に対して、注意力と推理力をフル回転させていることは、おくびにも出さない。 この性格タイプ、日本で言うと、どう言うか? いわゆる「たぬきオヤジ」なのである。これでは、どうやっても日本では主人公として人気が出ない。「たぬきオヤジ」と言う性格タイプは、日本では徳川家康に代表されるように、イヤらしい策略家、のイメージだからだ。 だから、「古畑任三郎」は、きちんとしたスーツを着ているし、犯人との会話で出すエピソードも、取り立てて情けないものではないし、普段の関心事を話題にする。それに、ドジをやるのは、西村雅彦の担当になっている。西村雅彦がドジをやっている間、「古畑任三郎」は、明るく何かで遊んだり物を眺めたりしながら、「天然」を装っている。さらに、真実を突き止める段階において、必ず、西村雅彦にヒントを代弁させながら、「ひらめき」で答えを出す。そう、「ひらめき」がキーワードだ。 イチローが、「古畑任三郎」が好きなのは、そのストーリー仕立て以外に、「ひらめき」のキャラクターに対して、共感を抱いたからなのではないだろうか? イチローと「ひらめき」。このキーワードで、みなさんご存知の性格タイプが割り出せるだろう。 「長嶋茂雄」である。 だから、「古畑任三郎」と言うキャラクターは、「刑事コロンボ」+「長嶋茂雄」で構成されているので、当然日本人に受けるのだ。この辺のブレンド具合は、さすが三谷幸喜、と言えるだろう。「古畑任三郎」に、策略のにおいはしないし、犯人との会話においても、「韜晦」より「天然」が目立つように工夫されている。三谷幸喜は、この連載中のコラムによれば、ビリー・ワイルダーの「カルト的ファン」のようなので、コメディーだけでなくサスペンスの脚本を手がけることは、「宿願」だったに違いない。 野球ファンに追記 「たぬきオヤジ」で、プロ野球ファンはピンときているだろうが、今シーズン、ヤクルトの古田監督と、西武の伊東監督の対決は、「たぬきオヤジ」の代理戦争である、と言える。片や、野村克也の弟子、片や、森祇晶の弟子、なのである。二人とも、「たぬきオヤジ」としては典型的で、以前、西武とヤクルトの日本シリーズは、「たぬきときつねの化かしあい」などと新聞に書かれたものだ。ちなみに、監督として、二人はライバルであっただけでなく、古い時代をご存知ない方のために付記しておくと、森祇晶氏はV9時代の巨人のキャッチャーであったので、現役当時から、野村氏は意識していたと思う。「スター」と言う部分では、長嶋茂雄を意識していても、ポジション柄、森氏を意識していなかったとは思えないし、森氏からすれば、キャッチャーで三冠王を取って、プレイングマネージャーをする、と言う野村氏を、監督になってからは絶対上回りたかったのではないだろうか。伊東監督は、さっそく、清原に関して、新年早々西武百貨店で行われたトークショーで(言葉で)一発見舞ったらしい。 先月の故仰木監督に続き、今年早々、近藤貞雄元中日監督が亡くなった。野球界に「名将」が相次いで亡くなったことに、二人の「たぬきオヤジ」はどのような気持ちでいるだろうか・・・
by journalism-1
| 2006-01-04 23:26
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