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セルジオ越後氏・・・普通は、「辛口サッカー評論家」と目されているのですが、それは地上波で日本代表に対して、叱咤激励している氏のトークから来るイメージだと思います。日本代表を応援している人からすれば、 「そんなケチつけなくたっていいじゃん」 とか、 「何で、日本代表に、ブラジル人がどうこう文句を言うのだ」 となるでしょうが、あれは本当の氏の姿を知る人からすれば、「甘口」である事が分かります。 そうです、スカパーあたりで解説をすると、それはもう、「激辛」もいい所です。 氏が一体どのくらいすごい人か、知られていないので、ここで紹介したいと思います。 もともとブラジルきっての名門、コリンチャンスで腕を磨いていたセルジオ氏ですが、ポジションは、今でいう「10番」でした。このコリンチャンスで、当時セルジオ氏と激しくレギュラーポジションを争っていたのが、あのリベリーノだったのです。 リベリーノといえば、ペレの後、ジーコの前に、ブラジル代表で「10番」を着けた伝説の名手であり、味方の選手を壁に潜り込ませて、その一人分のスペースをフリーキックで打ち抜いたという伝説の持ち主でもあります。 セルジオ氏はさすがに相手が悪く、コリンチャンスでのポジション争いにまけた形で、日本にやって来て、ブラジルサッカーの伝道師となったのです。 セルジオ氏にはいくつかのエピソードがあります。ロナウジーニョですっかりおなじみになったフェイント「エラシコ」のオリジナルがセルジオ氏という説は濃厚です。もともと「エラシコ」は昔からブラジルサッカーの伝統的なフェイントだったのですが、それを見事にトップレベルで成功させたのがロナウジーニョ、という事です。なぜセルジオ氏かといいますと、セルジオ氏はフェイントにかけては、ブラジルでも有数のテクニシャンでした。リベリーノとのポジション争いにおいても、そのフェイントが武器だったのです。 そんなセルジオ氏ですから、日本でのプレーはそれはすごいものでした。氏の現役時代のプレーを知る人は、「一人だけ別次元だった」といっています。 スカパーでの氏の解説を聞くと、プレーヤーとしての視点から、「激辛」の解説を聞かせてくれるので、感心する事しきりです。特にブラジルならではの技についての解説は、とても刺激的です。南米の「勝ち負け」感覚にも通じており、ホームとアウェーの理不尽なくらいの差も、氏によって解説されると、「なるほどなあ」と思ってしまいます。そのスカパーの解説に馴れてしまうと、某地上波の日本代表に対する解説は、 「優しいなあ、セルジオさんは」 と思ってしまうくらいです。 プレーヤーとして、居並ぶ日本代表の選手など到底及びもつかない名手だったのです、セルジオ越後氏というのは。氏が、解説陣の中で少し独特の位置を占めている事が、これでお分かりいただけると思います。 ■
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by journalism-1
| 2006-05-05 11:17
以前に、「ユニクロとGAPに気をつけろ」を書いた時には、ものすごい反響で、何か、ユニクロのような服を着る時に気をつける点がある、と言う趣旨がどこかへ飛んでいってしまいました。 あの記事を書いた時には、ユニクロやGAPのようなスタンダードで安い服を着る事が、まるでおしゃれでないかのように否定してしまったような反応を受けました。その様な単純な事ではなかったのです。 コメント欄で、みみさんという方とのやり取りで解き明かされているように、皆がユニクロやGAPばっかり来ていたら、おしゃれ心の原点である、「装いによる個性の主張」や「服装による他の人との個別化」と言う事が、出来なくなってしまう、その様な「没個性化」をしていいの?という内容でした。 つまり、全身ユニクロやGAPで固めてしまうと、ちょっとあまりにもその人の個性が見られなくなる、と言う事に「気をつけろ」と言いたかったのであって、これらの服の生かし方、と言うのがあります。 今回の記事、「カジュアルファッションで、差をつける方法(その一)」は、その辺についてふれていこうと思います。 みなさんが、ファッション雑誌を読むと、いつもそこには卒倒しそうな金額のものが並んでいますね。あれは、無視しなくてはいけません。あんな消費スタイルが真似出来るわけがありません。そこで、実際に服を買う時には、もっと妥当な値段のものを探すのですが、ユニクロやGAPはいかにも手ごろな値段で良いように見えますね。 確かに、手ごろな値段で、品質がまずまずいいものをたくさん売り場に並べているので、この辺りのブランドで全身を固めてしまおうという気にもなると思います。しかし、それではその人が自分のおしゃれをしているのではなく、ユニクロやGAPの提案するファッションにその人がスッポリはまってしまっている、と言う事になってしまいます。つまり、見る人が見れば、 「ファッションとして、イケていない。おしゃれ心も全く感じられない」 と思われてしまいます。 しかし、これらのブランドの服を着ないのは、その親しみやすい値段と、そこそこファッショナブルなもので、品質がいい、という事から、そういうわけにもいきません。だから、この手のブランドのものは、服装の「土台」として使って、そこからおしゃれを発展させるのです。 ユニクロやGAPの服で、おすすめなのは、無地のシャツやニットです。シャツはデザインの差が店によって対して有るわけでも無いですし、色も豊富です。ニットも同じような事が言えますが、ニットは少し値段の高いものになるとデザインがかなり良くなるので、ベーシックなもの、つまりタートルネックやクルーネック、Vネックなど、スタンダードなデザインのものはおすすめです。 逆に、おすすめ出来ないのは、パンツ(ズボン)です。ジーパンも安いですが、これだとスーパーで売っているものと大差なくて、イケてるとは言えません。また、チノパンにしても、決まり切ったデザインのものばかりで、他の店に行けば、もっと魅力的チノパンがあります。 さて、冒頭の「差をつける方法」ですが、まず、ユニクロやGAPのものを服の中で表面積の大きい部分、つまりシャツなどに使って、そこに他の店のものを足していって、自分のオリジナルな装いをする、という事です。私的な意見ですと、パンツについては、ユニクロやGAPのものは、ポケットのデザインなど、むしろ変にデザインに特色が出てしまっているので、もっとシンプルなデザインのものを探したいです。そこで、「手軽な値段」で、「スタンダードなデザイン」で、「ファッショナブル」な品物を展開しているブランドをお薦めします。スーパーなどにも入っている事が多いので、知っている方も多いと思いますが、「TAKA-Q」と「コムサ・イズム」です。この二つの店舗は、値段の割に品質はかなり良いものが揃っていて、デザインもシンプルなものから凝ったものまで揃っています。 服装は、人によって凝る、凝らないというのがありますが、身だしなみにおいて手抜かりが無いようにしたいものです。 ■
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by journalism-1
| 2006-05-03 08:04
この続きです。 さてさて、盛岡に着いた私ですが、盛岡の印象について述べたいと思います。盛岡、といっても冷麺とかわんこそばくらいしか思いつかない人の方が多いと思いますが、小京都をうたわれるだけあって、こじんまりとしたながらも、品のある町です。 北上川と中津川に挟まれた地域に市街地の中心地がある、という点でも、地理的に京都に似ていますね。これまでいろいろな都市に行って、その年の雰囲気というものは、だいたい皮膚感覚でつかめるようになっています。そこから行くと、盛岡、という場所は、非常に素朴で、上品なところです。東北地方の都市としては、仙台や青森に比べて目立たない都市ですが、それは岩手県人のアピール下手が原因のような気がします。 市内には、駅前以外にも中心街がいくつかあり、デパートも地方デパートながら、しっかりあって、商業が盛んな事が見て取れます。品を感じる、と先ほど書きましたが、具体的にどういう事かというと、街を歩いている人がせせこましくない、町を若い少年少女が占拠していない(地方都市では、よくそういう事があります)、町の景観が良い、というところです。 さて、旅行の方は、盛岡で一泊した後、肝心の今回の目的である、祖父の墓の墓参りに行って参りました。祖父は、かなり立派な墓を建てたようです。しかし、この墓を継ぐ人がいないというのは、悲しい事だと思いました。 続いて盛岡市内を散策した後、昼ごはんで、わんこそばに挑戦。テレビでよく映されるのは、「東屋」という店なのですが、こちらは「絵的」に見映えがするだけで、どうもわんこそばが見せ物のような扱いにしかなっていないです。そこで、私が選んだのは、「直利庵」。こちらの方が、元祖のような雰囲気を持っています。建物も古く、歴史を感じさせます。 わんこそばですが、「わんこ」つまりお椀のそば、という事で、一杯の量はたいして多くありません。しかし、薬味がたくさんあり、ソバだけ食べていると、どうしてもなんか損をしたような気分になってしまうので、山菜、刺し身、筋子、等々、魅力的な薬味をたくさん放り込んでしまいますね。 平均して、男性は30〜50杯が普通の量らしいのですが、そこはそば好きの私ですから、結構食べました。結果は76杯。お店の人は、「本当は、もっと食べられたのではないですか?100杯いくと思いました」といわれるくらいで、かなりいい食べっぷりだったようです。 午後からは、近くの場所の観光。竜泉洞というところにいったのですが、その話はまた次回に。 写真は、「直利庵」のパンフレット。わんこそばを盛岡に食べにいくなら、この店がお奨めです。 ![]() ■
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by journalism-1
| 2006-05-02 06:00
「一つも馬鹿な事をしないでいきている人間は、彼が自分で考えているほど賢明ではない ラ・ロシュフーコー」 やはり、生きている以上、必ず馬鹿はやらなければなりません。自分で馬鹿をやらないと、自分の賢さも分からないものです。自分を安心させる為にも、みなさん、馬鹿をやりましょう。 「キヨスク 正しく 美しく」 「エキナカ」ビジネスが活発になる中、キヨスクのおばちゃんは釣り銭を正しく、キヨスクの女性店員は美しくあるべし、と言う「女性差別語」 「がくや姫」 ステージでは、万全の稽古の成果を見せて、目を見張る演技をするが、裏方さんを楽屋で虐げるのが常識になっている、実力派若手女優。 「ヒップハンズパンツ」 ローライズパンツをはくと、いい意味で男性の視線を集める事が出来るのだが、このパンツをはくと、痴漢の手を集める事が出来る。なぜ、満員電車の痴漢がヒップを狙うのかは不明。下腹部を狙うのが本能に忠実なはずなのだが。 「来サージュ」 フォーマルシーンにおいて、女性が着ける、花をあしらったアクセサリーで、男性を「来さ」せる効果がある。ただ、このアクセサリー、たいていはピンで留めるようになっており、「へタレ男」が来てしまった場合、花には必ずある「トゲ(ピン)」を使って撃退する事が可能。 「コドーを待ちながら」 世界に名だたる和太鼓奏者、林英哲が久しぶりに懐かしいメンバーとやろうとして、「鼓童」のメンバーとライブを企画。しかし、ライブ当日、いち早くライブ会場でスタンバイする林英哲をよそに、「鼓童」のメンバーは、「佐渡時間」で動いているため、開演が近づいても、ライブ会場に到着しない。このシチュエーションにおいて、「怒る林英哲」「イライラするプロモーター」「ざわめく観客」を中心に、裏方であるスタッフが、上へ下への大騒ぎを繰り広げるスラプスティックコメディ。アイランド(佐渡島)演劇、不朽の名作。 「死刑台のエスカレーター」 ヌーベルバーグの傑作。主人公はヴェトナム帰還兵で、戦場では英雄であったが、帰還後はそのイメージを利用される形で、金を稼いでいたが、上司の妻と不倫の関係に落ち、上司を殺したが、逃走の末捕まるというストーリー。主演は中村有志。もちろん、エスカレーターは、基本中の基本である。映画中では、風が吹いてもいないのに、傘が吹き飛ばされたりする。音楽は谷啓。ミュートを使った、トロンボーンが絶妙だった。 「前頭 洋々」 将来、非常に楽しみな関取の事。前頭の上位につけている為、三役に上がるのが先か、「まげ」が結えなくなって廃業になるのが先か、世界中がその「土俵際」に視線を注いでいる。 「日本という図工なシステム」 日本は図式通りにモノを作り「型にはめる」社会だ、と言う日本を構造的に窮屈である、と言う本。個人主義が徹底していてなに森も自由を求める「フライング・ダッチ・オーブン」によって書かれた。彼らは自分たちの国、オランダがやっているサッカーがきわめて図式的である事に気がついていない。また、この本の著者は、最近になって、「日は股のボール」と言う主張をぶち上げて、図工によるモノづくりが日本を繁栄させる、と言う旨の主張をし始めた。 ■
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by journalism-1
| 2006-05-01 06:52
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